荒瀬ダム

終戦後の電力供給不足の中、電力安定供給の観点から「球磨川総合開発計画」に基づき計画、建設された。1953年(昭和28年)着工、1955年(昭和30年)竣工。
堤高25mの重力式コンクリートダムで、水力発電を目的に建設された。発電目的としては県内で最も古いダムであった。下流約700mには熊本県営藤本発電所があり、発電量は年間約7,400万Kw時で、1億円の収益を上げていた。
2010年からのダム本体撤去が決定しており、撤去に向けた工法、環境対策などの検討が「荒瀬ダム対策検討委員会」にて進められてきた。2008年6月、県知事から一転して存続の方針が打ち出されたが、2010年2月に再度撤去の方針が表明された。
地域興しの一環として漕艇場が整備され、日本漕艇協会公認コースとなった。国民体育大会の会場ともなった。また、1993年に、旧建設省が「魚が上りやすい川づくり推進モデル河川」として球磨川を指定したことにより、1999年に、観察室を併設する魚道が整備された。

Wikipediaより